特定非営利活動法人
特定非営利活動法人 希づき
理事長
山口 智一
<公認心理師、社会福祉士、精神保健福祉士、介護福祉士>
まず大前提として、本人の思いに反して、障害があることを理由に居場所や生き方が分けられるようなことはあるべきではないと思っています。もし、人種や性別などを理由に分けられるということがあれば、それは大変な差別であるということは誰でもピンときます。しかし、障害のある人に対してはまだその感覚が社会に浸透しきれておらず、生きづらさを抱えながら生活している障害のある人も多くいます。
障害のある人が社会の中で自分らしく生きていくために、わたしたちに何ができるのか。それを障害のある人と共に考えながら一緒に歩んでゆければと思っています。ひとりひとりが人生の主役。そんなあたり前のことがあたり前になることを願いながら活動していきます。
状況への気づき
他者への気づき
自分への気づき
わたしが小学6年生の時のクラスに、今思うと重い知的障害のクラスメイトがいました。そこでは、みんながその子のことを気にかけ、その子がいてくれたからこそ、よりクラスが強く一つにまとまるという体験をしました。その時、障害のあるクラスメイトと共に学んだ体験は、わたしの原体験となって今に生きています。
それから、2000年の二十歳の年には、突然腎臓の病気を患い、医師には決して良くなることはないと告げられました。一生病気と付き合っていかなければならないというのは、当時の若いわたしにとっては非常にショックな出来事でした。3年後の2003年の大学卒業の年は、まさに就職氷河期で、就職活動が全く上手くいかない経験をしました。今になって思い返すと、病気や就職氷河期による就職難という不運を立て続けに見舞われたことによって、自分だけが社会から分断されたような非常に強い不安感や無力感を感じていました。そうして2年ほどの間、これからどう生きていこうかと必死にもがいていました。そのうちに、そもそも出来るか出来ないかという能力主義の基準とは別の考え方や生き方があってもいいんじゃないかと漠然と思うようになっていきました(もちろん当時は、このように自分の気持ちを整理し、はっきりと言語化することまではできていません)。それはきっと、小学6年生のときの障害のあるクラスメイトとの原体験が無意識につながったからだと思います。
2005年に初めて障害のある人を支援する仕事に携わりました。それからいろいろな経験を経たのち、2013年には、その間に出会った人たちに支えられながら現在の特定非営利活動法人 希づきを立ち上げました。起ち上げにあたって、わたしの心の中心にあったことは、福祉サービスを提供することで障害のある人の生活がより豊かになっていってほしいということはもちろん、その結果として少しでも障害のある人が生きやすい社会へと変わっていってほしいという思いでした。こんな自分に、このような大切な仕事があたわったということがとても有難く、自分にできることを社会に還元していかなければ、それこそ罰が当たるという思いがあります。
そういうこともあり、わたしたちが事業を行っていくうえで、たとえどれだけ評価されようと、また、どれだけ事業を大きく成長させることができたとしても、障害のある人本人の思いが尊重され、共に生きる社会の思想に根ざした活動でなければ、全く意味がないという思いをもってはじめました。もちろん思いはあっても、社会を変えるなどという大それたことは当時のわたしたちにできるはずもありません。それでも、やるからには本当の意味で人の力になる活動をしたい。そのためには、何が必要かと考えたときに、未熟ながらも捻りだした考えがこの3つの気づきです。
自分への気づき
自分がどんな人間で、どのように考え、何が今の自分を形作っているのかが自分でわかっていなければ、他者への支援どころではなく、自分のこともままならないということになります。まず、自分自身を知るということが第一です。
他者への気づき
生きてきた環境や、性格、価値観は、人それぞれまったく違います。とても難しいことですが、支援者として他者のことをより深く理解し共感することが求められます。他者と真摯に向き合いながら、経験と知識を積み重ね、日々資質の向上に努めなければ、独りよがりでちぐはぐなものになってしまいます。
状況への気づき
利用者の人への日々の支援だけに留まらず、利用者が抱える生きづらさの背景について理解することは大切です。また、さらに視野を広げ障害のある人の問題を社会がつくりだす社会的障壁の問題としてとらえる視点は、ソーシャルアクションにもつながる大切な視点です。
希づきのスタッフ一人一人がこれらの気づきを積み重ねることで、やっとなんとか障害のある人に希望を感じてもらえる活動ができるのではないかと思っています。